他人を変えたいと思うから悩む

独り言日記

あけましておめでとうございます(*^^*)パンナです。

今年はさらに素晴らしい一年にしていきたいと思います!

 

最近つくづくほんとにそうだな~と思うことは、「他人を変えたいと思うから、人は悩む」です。

 

●親に「愛あふれる、話を最後までゆったり聞ける、器の大きい人に変わってもらいたい」と思う

●夫に、休日はゲームばっかりしてないで、もっともっと向上心をもって勉強でも副業でもしてくれたらいいのにと思う

(上記は私の身勝手なたわごとです笑 夫よサイテーな強欲妻でごめんなさい(;´Д`))

 

でも、他人って絶対に変えられないんですよね。

 

人の潜在意識の扉はほぼ6歳(遅くとも12歳)までに閉じ、それまでに蓄積されたデータを使って生きていくわけで、そこからは性格とか資質とかは死ぬまでほとんど変わらない。

 

ましてや60歳とかになった親に今更変化を期待するなんていうのは・・・もう何がどう転んでも無理なわけです。

頭に巨大隕石でもぶつかって、記憶喪失になって、脳みそのシワがいったん全て消失するとか、そういうことでも起こらない限り(笑)、12歳を超えた人の性格を他人が変えるのはほぼほぼ不可能。

 

あとは、本人が強く強く「変わりたい」と願えば、少しは変わっていくこともあると思う。

素敵に前向きに生きる他者の背中を見て、「こんなふうに自分もなりたい!」と本人が強く願ったとき、少しずつ変化していくことは不可能ではないと思います。

でも当の本人以外の他者が働きかけて他人を変えることなんて、12歳を超えたら無理なんです。

 

というわけで・・・今年は、私が他者(主に親(^O^;))に対して負の感情を抱き、感情が一時的に乱れてしまったときは「あ~私は他者を変えたいと思っているから今苦しくなっているんだな」とその都度気づきたいと思います。

 

他者を自分の望むように変えたいと、他者に依存しているから、私は苦しんでいるんだなと。

 

もしも私がそんなことを夫や義母とかに思われたらすごく心外だと思います。

他者を自分都合で変えたいって、身勝手だな~、我ながら。

だいたい、親といえど、他者の人生は他者のもの。

それに口出ししようと思う時点で、よけいなお世話だよな~。

 

なりたい人物像に、自分がなったらいい。

しっかり稼げて、人生をいっぱい楽しんでて、夢中で生きてる人に、私がなったらいい。

 

人の人生、人の性格、人の生き方、そんなものに口出ししてないで、私は私の人生を充実させて、自分の人生を自分軸でいっぱい楽しんで、いきたいな~と思います。

その人の生き方の決定権はその人にあり、私の生き方の決定権は私にあるわけです。

 

それに「あるがままの私を愛して。だめなところがいっぱいあっても、このまんまの私でいいと思って。そしたら癒される」と他人に望みながら、私は他者(親)のあるがままを許容できていなかったんだな。

私もあるがままでいいし、他者もあるがままでいい。

お互いダメダメなところがいっぱいあったっていいじゃん!人間だもの(みつを)

 

親や他人に「変わってほしい」と思った時、それは依存。

自分の都合のよいように他者に変わってほしいと願っているということ(超絶身勝手)。

その人の人生はその人のもの。

他人を変えることなどできない。

できなくていいんだ。

私は私を成長させよう、私は私の人生を私が望むようにめいっぱい謳歌しよう。

苦しくない距離までちゃんと離れて、心地よい距離感を保とう。

私にはちゃんとそれができる。

 

あらためてそんなことを思った新年一日目でした!

他者にどうこう要求していないで、自分の光で自分を照らしていこう♡

 

 

 

 

 

 

 

 

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