奪いっぱなしできたこの40年間

独り言日記

子どもが生まれて1年強が経ち、日々が経過するたびに募っていた思い、「夫が優しくなくなった」。

 

夫は、息子にめちゃくちゃ優しい。

でも、妻である私に対して、なんだかとても冷たい感じがする。

 

お腹を壊しても優しい言葉をかけてくれない、膝を脱臼して痛がっていてもイライラされる始末。

 

子どもが生まれる前はもっと優しかったしラブラブだったのに・・・

なぜ夫はこんなに私に優しくなくなったのだろうか・・・

 

私の夫は本来すごく穏やかで、思いやりのある人。

ここまで優しい人もそうそういないな、っていうぐらい、温和な人。

 

なんだけど、子どもが生まれてから、私に対してなんだか冷たくなった。

 

今日、膝を脱臼して(よくある汗)痛がっている私に優しい言葉をかけてくれなかったとき、「なぜ心配してくれないのだろう、なぜ優しい言葉をかけて寄り添ってくれないのだろう」と悲しみに襲われそうになった。

 

でも、ふと思った。

 

そういえば、今日ネットで、「人のエネルギーの循環は、奪うか、与えるか、どちらかしかない」っていうコラム読んだな、と思い出した。

 

私は夫に与えてもらいたがっていた。

優しい言葉や愛情、いたわり、思いやり。

夫は優しいひとだから、ず~っと死ぬまで、これらを与えてくれるだろうと疑いなく思っていた。

 

だけど、私は「与えていた」だろうか「奪っていた」だろうか。

結婚生活の8年間、私は夫に「与えていた」といえるだろうか。

彼は私と接していてエネルギーを与えられる感じを覚えていただろうか、それとも奪われる感じを覚えていただろうか。

 

そもそも私は、今まで生きてきた40年間で、人にエネルギーを与えたことなどあっただろうか。

8割以上、いや、9割以上の確率で、私はエネルギーをもらうことはあっても与えることはなかったのではないか。

 

愛されたい

優しくされたい

思いやりをもって接してほしい

いつもいつも、他人から何をしてもらうかしか考えて生きてこなかったな、と気が付いた。

 

だから当然、夫に対しても、「優しくしてもらって当然」だと思っていた。

 

こちらから相手にエネルギーを与える、相手がエネルギーで満ちるようにする、そんなことを考えたことは無かった。

 

夫は私といると「エネルギーを奪われる感覚」を常に覚えていたのではないだろうか。

無自覚だとしても、きっとそうだったと思う。

 

さいわい、夫婦関係は完全には冷めてはおらず、まだ適度に仲良しなので、今後は「エネルギーを奪っていないだろうか」という点を内省しながら、夫との生活を送っていこうと思う。

 

アメリカ人みたいに直球の愛情ボールを投げてほしい

優しくしてほしい

「ありがとう」って言ってほしい

 

ほしい、ほしい、ほしい・・・・・

欲しがる前に、私が与えなきゃな、エネルギー

 

私から、明るい態度で接する

私から、素直に感謝を伝える

私から、思いやりを持って接する

私から、いたわる

 

今まで私から去っていった少なくない人々、そこにはきっと、私といて「奪われる感覚」があったに違いない。

夫に嫌われる前に気がつけてよかった。

 

誰とのやり取りにおいても、「奪っていないか」、自分の態度を内省したいと思った!

気がつけてよかった。

私、絶対に夫のエナジーバンパイアになってた(汗)。反省・・・・・!

夫よ、日々気づきをありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

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